連載3 東京湾の生物(2002年春) 

 神奈川県水産総合研究所 工藤孝浩


 この春、首都圏では観測史上最も早いソメイヨシノの開花が記録されました。海中の季節の移ろいも例年より早いようで、漁師が「春の潮」とか「濁り潮」と呼ぶ植物プランクトンのブルーミング(大増殖)が2月から始まっています。春の濁り潮は餌不足の冬を乗り越えたアサリたちに豊富な餌を供給し、アサリたちはひと潮ごとに肥ってゆきます。うららかな春の一日、東京湾の潮干狩りはいかがですか。 

アサリ

アサリ 潮干狩りをすれば必ずお目にかかれる、東京湾の干潟を代表する二枚貝。東京湾には千葉県下に三番瀬と盤洲干潟という二大アサリ漁場があり、一般の方々も有料の潮干狩り場で潮干狩りを楽しむことができる。日本のアサリの生産量は1980年代半ばをピークに急減し、全国各地のアサリ漁場では10年以上にわたる深刻な不漁に苦しんでいる。千葉県もその例外ではないが、種苗放流などの努力が実ってか減少の割合は少なく、今や愛知県に次ぐアサリ生産県となっている。
 神奈川県では横浜市の「金沢海の公園」に多い日には4万人もの潮干狩り客が訪れ、周辺道路に渋滞を引き起こすほどの賑わいをみせる。ここは人工海浜で漁業権がないため無料で潮干狩りが楽しめ、それが人気に拍車をかけている。驚くことに、周辺では種苗放流が一切行われておらず、高い採捕圧にもかかわらず天然発生のアサリだけで資源が維持されている。ここのアサリの資源維持機構に、全国的な不漁を打開するヒントが隠されているかも知れないと、多くの専門家が注目している。


アマモ

アマモ 花を咲かせて実で増える顕花植物。かつて東京湾の干潟の前面にはアマモの群落であるアマモ場が広がり、花が一斉に開花する5月の大潮には花から放出された花粉で水面が金粉を撒いたようにきらめいていたという。アマモ場はイカ類が産卵しメバルをはじめ多彩な魚類が育ち「海のゆりかご」と称される。しかし、生育には大量の日光を必要とするため、透明度が低い東京湾ではせいぜい水深2mまでの浅場に分布が限定され、浅海域の埋め立てと海水の汚濁によって一時は絶滅寸前にまで追い込まれた。
 現在まとまったアマモ場は、湾口をはさんだ千葉県富津周辺と横須賀市走水周辺に残るのみで、東京都内湾にアマモ場を復元するため1990年代に東京都水産試験場がアマモ移植試験を試みたが成功しなかった。私の研究所では、昨年初めて東京湾産アマモの種子生産に成功し、3月に市民ボランティアの協力を得て横浜市の野島海岸に移植した。せっかく植えたアマモを掘り起こさないよう、潮干狩りの際には注意していただきたい。


ヒメハゼ

ヒメハゼ 潮干狩りをしていると、砂の中からは目的とする貝以外にも様々な生物が姿を現わす。単調な作業にはすぐに飽きてしまう子供を連れているときには、貝掘りはそこそこに、砂の中の住人たちを調べる自然観察会になってしまう。また、干潟面のくぼみにできた浅い潮だまりにとり残された小魚を、網を使わずに手だけで追い込んで捕まえる遊びも一興だ。
 そんな遊びの相手になってくれる小魚がヒメハゼである。東京湾の砂質の干潟に最も多い全長8cmまでの小型のハゼで、干潟の周辺で一生を過ごす。潮干狩りで必ず目にするはずの魚だが、砂とそっくりな目立たない色彩をしているので、その存在に多くの人が気付かないようだ。しかし、繁殖期の夏を迎えると、雄の頭部は黒くなり背鰭はオレンジや黄色に彩られるのでじっくりと観察していただきたい。産業上は全く価値はないが、干潟の優占種として生態系のうえで重要な地位を占めている。

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