連載2 東京湾の生物(2002年冬) 

 神奈川県水産総合研究所 工藤孝浩


 21世紀の輝かしい幕開けを飾るはずだった2001年が終わりました。振り返れば暗い事件が続発し、日常生活から国際関係までが閉塞感に支配され、破壊と戦争の世紀と呼ばれた20世紀から、一体何が変わったのかと思ってしまいます。ここはひとつ、冬に旬を迎える地元産の魚介類を食べて、心機一転新年に臨みましょう。

コウイカ

コウイカ 釣り上げると大量の墨を吐くのでスミイカとも呼ばれる。肉厚の身には独特の甘みがあり大変に美味であるが、漁獲量が少なくてなかなか市中の小売店に出回らず、寿司屋や小料理屋でそれなりの支払いをしなければ口にできないので、自分で釣り上げるのが一番である。東京湾の船宿では、テンヤと呼ばれる2本の大きな掛け針がついた仕掛けに餌のシャコを結びつけた独特の道具で釣らせる。
 一生を東京湾内で過ごす生物で、春に浅場に生えるアマモなどに産卵する。生まれた稚イカは海底上の動物や小魚を餌に急速に成長して冬には釣りの対象となり、底びき網でも漁獲される。近年不漁が続く底びき網漁業にとって、冬場の重要な漁獲対象で、神奈川県と千葉県の漁業者は、常緑樹の枝等を束ねた産卵床を海底に設置してコウイカの増殖に務めている。


マナマコ

マナマコ 東京湾に潜っていて海底にナマコが目につくようになると冬の到来を感じる。見てのとおり大きな移動をする動物ではないが、夏季は泥に潜って休眠しているため姿を見かけないのである。泥っぽい海底を好むが貧酸素には弱いため、湾奥や深い海底には少ない。
 泥の中の有機物を食べるため、これを取り上げて食べる行為は海底の浄化に貢献する。かつては、船上から箱メガネでナマコを捜して突く漁が、透明度が上がる冬場の風物詩であったが、高度経済生長期以降は透明度の低下からこの漁は廃れてしまった。現在もナマコは多いのに、取り上げる術がないのは残念なことだ。
 東京湾には、体色が暗緑色の「アオナマコ」と黒色の「クロナマコ」がいる。両者は今のところ同一種内の色彩変異とされているが、将来分類学的研究が進めば別種になる可能性がある。私が味わったところ、両者の味は確かに違う。


マガキ

マカギ 岸壁の満潮時に水没し干潮時に干上がる部分には、干出や日射への耐性の違いなどにより特定の動物が層状に分布する。マガキはムラサキイガイの下の淡水の影響を受ける所に層を成す。これら付着動物は、懸濁する有機物を濾して食べる生きた浄化装置だ。中でも美味なマガキは食用として取り上げられるため、水質浄化に最も貢献する。
 意外と知られていないが、カキは東京湾の一部で「桁」と呼ばれる鉄製の爪がついた小型の底びき網で獲られている。ただし、消毒を施さないカキは流通させられないため、その技術を持たない東京湾の漁師は三陸などに陸送している。つまり東京湾産は、別なブランドとして出回っているのである。
 横浜のある岸壁では、在日朝鮮・韓国人によって、毎冬きれいにカキが剥ぎ取られている。毎年取られるためカキは小さいが、栄養を凝縮した小粒のカキがキムチの隠し味に最高なのだそうだ。これまた意外な東京湾カキの利用法だ。

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