連載1 東京湾の生物(2001年秋) 

 神奈川県水産総合研究所 工藤孝浩


私は学生時代から18年間、横浜を中心とした東京湾に潜って生物たちの生態調査を続けています。このコラムでは、私が撮影した水中写真とともに、四季おりおりの生物の素顔を御紹介します。まずは秋に旬を迎えるおいしい魚から始めましょう。

マハゼ

マハゼ わずか1年の命。この春生まれたハゼは浅い干潟や運河で急成長し、真夏の太陽の下で釣り人の針に掛かりだす。ハゼ釣りは江戸時代から庶民に広く親しまれてきた。釣りたてのハゼを船上で揚げて食べる「天ぷら船」は今も人気の江戸前文化である。
 有機汚濁に比較的強く、永らく首都の発展と共存し得た数少ない魚であったが、高度経済成長期の水質悪化と埋め立て攻勢によって大きなダメージを受けた。その後の公害規制等によって水質が改善され、ハゼも増えてきたが往事の繁栄ぶりには遠くおよばない。一生の生活の場である水深10m以浅の海底の多くが埋め立てられてしまったからだ。神奈川県には、産業構造の空洞化で沈滞した京浜工業地帯を活性化させるため、海辺に市民の賑わいを創出させる計画がある。マハゼには、市民と東京湾岸を結びつける橋渡し役としての期待がある。ハゼ釣りが楽しめる環境づくりを実現するのは大変だが、今ある浅瀬や干潟を厳正に保全することは決してできないことではない。それが東京湾の生物を守る一番確実な方法なのである。


カワハギ

カワハギ 漁獲量が多くないため家庭の食卓に上ることは少ないが、料理屋ではおなじみであろう。くせのない白身と濃厚な肝が魅力で、透明感のある刺身の肝和えは絶品だ。おちょぼ口で釣り針から餌をかすめ取る「餌取り名人」として知られ、ねらって釣る魚ではなかった。ところがこの10年間の釣り具の進歩と船宿の努力によって、今や人気の船釣り対象魚である。確かに釣るのは難しい。しかしそれゆえに奥が深く、マニアックなファンが増えているのだ。
 岩礁と砂地が入り混じる浅い海底が住みかで、東京湾では本来湾口域に分布する。ところが、カワハギ釣りブームと同調するように1998年、1999年と2年続きで東京湾にカワハギが湧いた。川崎沖や東京都海面でも釣れたのだが、あの豊漁は潮流と風がもたらしたものらしい。カワハギの稚魚は流れ藻について海面を漂流する習性があるが、潮の流れと風の吹き具合によって流れ藻とともに大量に湾内へ運ばれたようだ。偶然とはいえ、運ばれてきた稚魚が大きく成長できたのだから、東京湾も捨てたものではない。
 この写真も、1999年に横浜港の最奥に係留されている帆船「日本丸」で撮影された。


マコガレイ

マコガレイ 江戸時代から明治初期にかけて、日本から多くの動物標本が持ち出されて外国人研究者によって命名・記載された。マコガレイもそのうちのひとつで、産地にちなんでyokohamaeという学名をつけられた。今も東京湾で最も多く漁獲されるカレイであり、その名のとおり横浜は東京湾における一大産地である。
  1980年代前半に急激に漁獲量が伸びた魚で、漁業権全面放棄の後も漁業を続けた横浜の漁業者にとって、まさに救いの神となった。成魚は沖合の泥場を好み、稚魚の生育場所もあまり浅くない場所なので、埋め立ての影響をあまり受けずに済んだのだ。しかし、その後の神奈川・千葉両県の底びき網による集中的な漁獲によって1990年代以降資源状態が悪化し、長期間にわたる不漁が続いている。この状況を打開するため、両県底びき網の一斉休漁日を設けたり、稚魚の種苗放流を行っている。しかし残念ながら、未だ目に見える効果は現れていない。

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